俺ガイル、こと『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』の結末を見届けての個人的感想等


 さて、何から書こうか。

 そんなことを考えながら、安物キーボードを叩く。

 たぶん結末付近の話というよりは、俺ガイルという作品そのものに対する個人的感想と、基本的に嫌がられることで有名な自分語りが主になると思う。でっ、出ーっ! 唐突な自分語り奴〜ww。的な。何年前だよ。

 つまるところ、簡潔にいえば。

 これは俺ガイルのレビュー的なものではなく、俺ガイルという作品に抱いた私の溢れる気持ちを整理するためのプロセスに近いだろう。この過程を経ないと、おそらく私はこの間違った青春に囚われたまま抜け出すことができない。そんなことはない。

 要するに書きたいから書く。許せサスケ。

 この作品が好きな人なら少しは暇つぶしになる文章を書くつもりだし、基本的に終盤のネタバレを明言するつもりはないので、サスケには許して欲しいし、読んで欲しい。(万一ネタバレに繋がることを書いてしまってもサスケならきっと許してくれる。お前はサスケの何を知ってるんだ)

 ついさっき、私は『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』の完結巻と明言された14巻を読み終えた。

 なんとも言えない感慨と余韻が胸に溜まり、「あぁ、終わってしまった……」という感想が強く残った。ラストに納得がいくかどうかはさておき、この短くも長い私の人生の中で、おそらく私が最も愛した長編ストーリーが、私の中で終わりを告げたことに、戸惑いすら覚えた。

 飽きっぽい私にとって、短編や一巻で終わる類い以外のシリーズもののエンタメ文学を完結まで見届けるというのは、酷く珍しいことで、今ここに見届けた俺ガイルを除けば、漫画も含めて『ドラゴンボール』とか『タッチ』とか、『DEATH NOTE』とか、『バクマン』とか、『GANTZ』とか、『MAJOR』とか、『聲の形』とか、『スラムダンク』とか、『キャプテン翼(無印)』とか、つい先日一気読みした『ハヤテのごとく』(めっちゃ面白かった)とか、最近流行の『小説家になろう』で連載されていた『無職転生』とか、『転生!異世界より愛を込めて』とか、『アビス・コーリング』とか……、おいおい考えてみると結構あるなおい。

 でも、有名無名に限らず、私が完結まで見届けたと胸を張って言えるものは、どんなに思い返してみてもこれくらいしか浮かばなかった。あと、初めからちゃんと順番に読んだわけではないが『名探偵夢水清志郎事件ノート』もそこに含めてもいいかもしれない。あと、『NARUTO』も読破していたことを今思い出した。許せサスケ。最高に面白かった。NARUTOは読んどけ。

 ただ、本当にそれくらいだ。

 自己紹介系の用紙の『趣味』の欄にとりあえず『読書』と『音楽鑑賞』を埋めるタイプの人間である私にも関わらず、20年と少しという決して短くない時間を過ごした上でこの数というのは、多いとは言えないだろう。ていうか漫画多すぎだろ。活字もっと読め活字。いや読んでるけど。完結は見届けてないだけで。

 しかしながら、その中でも、『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』は私が初めて自分から買おうと思った小説作品で、思春期の私に多大な影響を与えた罪深いコンテンツだ。簡単に言えば超特別。英語で言うとスーパースペシャル。何故英語にした俺。

 仕切り直そう。(ここから先は、以前別の記事で書いた『私が小説を書く理由』の内容と少しかぶると思うのでご了承を)

 私が『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』に出会ったのは、おそらく6年前の夏だ。私がアニメ一期を見終えてすぐ、原作を買いに走った時、ちょうど俺ガイル6.5巻(番外編)が発売されていた時期だったような気がするから、間違い無い。

 ネットの情報を信用するなら、俺ガイル6.5巻の発売日が2014年の7月22日らしいので、たぶん合ってる、知らんけど。ネットは信用するな。

 6年前の夏といえば、私が中学三年生の時期である。受験生の時期に俺ガイルにハマった記憶がないので、もしかしたらもっと前かもしれない。間違いあったわ。まぁだいたい中学生の後半である。

 当時の私は幼くて(今が幼くないという話じゃない)、まぁ明言は避けるが、あまり人に大っぴらにはいえない手段で、俺ガイルというアニメを偶然見つけて見て、(当時はそれが褒められた手段ではないということを自覚していなかった。本当に申し訳ないと思っているし、許してくださいとは言わない、幼くてネット世間を知らなかったのだ、許せサスケ)、とにかくそんな感じで俺ガイルのアニメを見た。

 衝撃を受けた。

 当時、思春期真っ盛りで、調子に乗りすぎた結果(だいたい俺が悪い)、人間関係に多少の不和が生まれていた私の心に、その内容は深く深く刺さり込んだ。

 (おそらくこの記事を読んでいる方は俺ガイルを多少なりとも知っているという前提で話すが、)お察しの通り、深く刺さり込んだ結果、中学生の私の人格が妙な方向に歪んだのは言うまでも無い。後悔はない。嘘じゃない。それがあって、今の私があるのだ。

 当時の私にとって、『比企谷八幡』はヒーローだった。

 人との関わりを持たない己を恥じず、むしろ誇るように(装って)、そんな己を否定しないまま、私のような人間関係に苦手意識を持つ思春期少年を否定せずに、時に冗談めかし、平気な面して自己犠牲の精神で人を救う。

 それが物語の中のフィクションであるということも半ば忘れて、憧れた。私も『比企谷八幡』になれば、何かが変わる気がして、憧れた。

 結局、それで何かが変わったわけではないが、当時それがキッカケで私の心に生まれた『八幡もどき』に、いくらか救われたのは事実である。

 中学生の時分、人間関係で悩んでいた私に、無理に変わろうとする必要がないと言ってくれた気がして、楽になったのだ。そうだったような気がする。なにせ結構昔のことなので、ハッキリとは覚えてない。

 ただ、中学生だった私にとって、高校二年生の『比企谷八幡』はいわば『先輩』であり、となれば憧れの先輩である訳で、俺もこんな高校生になりたいと思っていたような覚えがある。

 だが今現在、その時の自分にかける言葉があるとすれば、「それはやめとけバカ、お前に八幡の真似は無理だやめとけ馬鹿阿呆』と言うだろし、八幡が居たとしても「ばっかお前やめとけ、いや……、俺だぞ?」と言うであろう。

 私は八幡じゃないし、仮に八幡の真似をしても、平塚先生のようなイケメン教師に目は付けられないし、ゆきのんこと雪ノ下雪乃との出会いはないし、ガハマさんこと由比ヶ浜結衣家のサブレを身を挺して助ける事故は起きないし、戸塚は天使でかわいいし、材木座のような友人は探せば見つかるかもしれないけど、小町は妹にならないし、川なんとかさんの黒のレースを見る機会はなくて、陽乃さんのような強化外骨格持ちの完璧お姉さんに気に入られて虐められることはなくて、るみるみこと鶴見留美の人生と交差することはなくて、生徒会長はめぐり先輩のようなゆるふわかわわな先輩じゃないし、葉山隼人のようなイケすかないイケメンと背中を向け合うこともなく、海老名さんは腐ってて、戸部はうるさくていいやつで、三浦さんはマジオカンだし、折本と再会することはないし、玉縄さんは割とすきだし、いろはすのような小悪魔後輩が自分になつくことはあり得ない。

 そして何より、俺は比企谷八幡にはなれない。

 しかし、そんな風に思わせるほど、思春期を拗らせた少年の心に刺さる作品であったことは事実で、この作品がヒットした要因の一端は間違い無くここにある。

 結果、『比企谷八幡』に酷く惹かれた私は、アニメを見終えた興奮そのままに、本屋に行き、初めて自分の意思で小説というものを購入した。

 そして、その小説の中身に目を通して、さらに興奮した。

 アニメとは違って、主人公『比企谷八幡』のモノローグを中心に進行していくストーリー。大筋はアニメと一緒だが、孤高にしてひねくれぼっちのプロフェッショナルである彼が、青春の中に潜む見たくないものや、その裏側、青春の清々しいイメージとはかけ離れた思春期少年少女たちの闇を前に、それらを馬鹿らしいと鼻で笑い、ぼっちでひねくれ者だからこそ出来る皮肉めいた冗談で笑いを生み、正しくもあり間違ってもいる理論をこねて、こねて、こねくり回して、日陰者にとっては本来どうにもならなかったような障害に挑み、解消する。

 そこに、八幡ことヒッキー同様に捻くれ者だった私は、恐ろしいほどのカタルシスを覚えて、さらに『俺ガイル』という作品にぬめり込んだ。

 こんな面白い小説があるんだと知らしめられ、私に小説すら書かせるようになった。(そこらへんの話は冒頭でも話した別記事に記載したので割愛する)

 そんな俺ガイルであるが、私がその存在を知ってから発売された巻の発売日が、6.5巻(2014/7/22)、10巻(2014/11/18)、10.5巻(2015/3/18)、11巻(2015/6/24)、12巻(2017/9/19)、13巻(2018/11/20)、14巻(2019/11/19)で完結である。

 おわかりいただけただろうか。

 そう、なんとこの間に、私は『比企谷八幡』の後輩から、同級生になり、先輩になってしまったのである。

 実際にあった怖い話ね、これ。なんでカツオくんとか歳取らないんだろうなぁ。私がカツオくんを歳上として『サザエさん』を見ていた時期があったという事実に震える。カツオくんは何も関係ない。すまん、許せカツオ。そのうちサザエやナミヘイも追い抜かしてしまうのだろうか。こわ。こっっわ。こええよ、あと怖い。

 閑話休題。

 ともかく、曲がりなりにも、その間に私は中学生として、高校生として、大学生として、ヒッキーよりも長い人生を経験してしまった。大学受験もした。クソ辛かった。酒も飲むようになった。恋愛経験はほとんどなかった。大丈夫か、俺(現実逃避)。ヒッキーから学んだ理論武装は現実逃避に役に立ってるよ!ありがとう!

 時を経て、色々経験してしまえば、いやでも人間は大人に近づく訳で、子供の頃よりも、娯楽選択の幅は広がる。主に酒とか、チューハイとか、ワインとかね! あとは麻雀とか徹マンとか三麻(サンマ)とか。ここにタバコも加われば完璧だ。何がとは言わない。

 でもタバコも少し興味ある。タバコ吸う平塚先生かっこ良すぎない? なんならタバコ吸わなくてもかっこいいまである。でもタバコがないと平塚先生じゃないんだよなぁ(めんどくさいオタク)。

 そして何より、感性が変わってしまった。

 少なくとも私は俺ガイルという作品を、高3の受験生になるまでは何度も何度も繰り返し読んだ。

 新刊が出るたびに初めから読み返して、新刊が出なくても初めから読み返した。

 中学生の時は。

 ヒッキーの生き様に惚れ、ヒッキーの捻くれ論法の笑わされ、ヒッキーとゆきのんとガハマさんの奉仕部3人のやり取りが小気味よくて、笑みを誘われて、ゆきのんとガハマさんの可愛さに萌え、小町は世界一可愛かったし、戸塚はとにかくかわいかったし、いろはすマジでかわいかった。そしてヒッキーは大正義のヒーローだった。

 高校生の時は。

 やはりどこかヒッキーの生き様に惹かれ、ひねくれ論法とその行動に感心して、奉仕部の3人の行く末を案じて胸を痛め、小町は世界一可愛くて良い妹だと思ったし、戸塚は天使だったし、材木座の言動に共感を覚えて苦笑し、川なんとかさんかわいいな?と思い、陽乃さんは怖くて、いろはすはマジでかわいかった。そして、ヒッキーの言葉の意味を考え、悩んだ。

 そこで一旦、私にとっての俺ガイルは区切りが入る。

 ちょうど11巻と12巻の間。11巻を読み終え、アニメの二期をしっかり録画して見終えた後くらいだ。

 部活やらで忙しいところに受験勉強が重なり、新刊が発売されるまでの期間が空いたことで、私が俺ガイルに触れることはほぼ無くなった。

 12巻が発売されたのが高3の受験生の秋で、軽く一回読み流すことはしたが、それ以降は本当に触れなかった。

 次に私が俺ガイルのことを思い出すのは、13巻の発売日。私が大学一年生の時である。

 もう、その時には、私の中にあった俺ガイルに対する熱のような何かは覚めてしまっていて、きっとそれは当然のことだったのだと思う。

 俺ガイルの主人公たる比企谷八幡は高校二年生で、俺ガイルは高校生のための、引いてはいずれ高校生になる中学生のための物語なのだ。あるいは、当時捻くれていた大人が昔を懐かしむように読んだりするかもしれない。

 ただ、高校生を終えたばかりの大学生の私にとっては、いささか距離があるように思えたのだ。

 と、いうのも言い訳じみていて、あんなに熱を持っていた俺ガイルという作品に、何も感じなくなってしまったことに動揺して、何かそれらしい理由を付けたいだけかもしれないが。

 ともかく、そんな感じで、13巻は買わなかった。次の14巻がラストだと言われていたし、じゃあその時にまとめて買って一気読みしようと思ったのだ。

 で、約4ヶ月前、ついに完結となる14巻が発売された。なんならそのこともツイッターで知った。絶対にやってたまるかと思っていたものの、結局とあるキッカケからドップリ浸るようになってしまったツイッターで。

 あれから、俺も変わってしまつた……。まさか6年前は自分がツイ廃になるなんて想像もしてなかった。そんな将来を想像してる中学生もいやだが。

 へぇー。完結したんだー、と。

 毎日のように次巻の発売日が発表されるのを確認していた当時から考えられないほど、あっさりした反応だった。我ながら。

 そして買わなきゃなぁと思いながら日々が過ぎ、偶然ツイッターで、今年の春に俺ガイルの完結編のアニメ化が決まったことを知った(ツイッター便利すぎる)。

 当然、完結編のアニメが始まれば、いくらフォローの範囲を絞っているとしてもツイッターのTL(タイムライン)にネタバレが流れる可能性がある。そしたら困る。私はネタバレが嫌いな人種なのです。されたらされたで諦められるようにはなったが。自衛大事。ツイッターをやめるという選択肢はない(ツイ廃の鑑)。

 私が13巻と14巻を買って読もうと思ったのはそれが理由だ。春休みで死ぬほど暇だったし。むしろこっちの理由が大きいかもしれない。

 で、せっかくだから記憶があやふやな12巻も含めて、12巻から14巻にかけてを、2、3日かけて一気に読んだ訳である。

 ここで冒頭に繋がる。長い、長いよ俺。文章が長い。どうしてオタクくん好きな事の話題とか自分語りは長々と語っちゃうのん? 今回はその二つが合わさってるんだからそら長くなるわ。これでも抑えてるんだけども。

 少し、不安はあった。

 俺ガイルを読む上で、私はもうあの時のようにこの物語を楽しめないんじゃないだろうか、と。

 でも、それは全くの杞憂だった。

 人というのはやはりちょっとやそっとじゃ変わらないものであるらしく、変わったと思っている奴ほど変わってなかったりする。俺ガイルが好きだという私という人間もまた、変わってはいなかった。

 この三日間、私は再びあの日のように、俺ガイルの世界に入り込んで。ヒッキーの捻くれモノローグに笑わされ、この物語の結末はどうなるのだろうとワクワクし、最初と比べて成長した彼ら彼女らに謎親目線の感動を覚え、すれ違う彼ら彼女らに胸を痛め、ふとした時に、それでも当時とは違う視点で彼ら彼女らを見ていることを自覚して一抹の寂寥感を覚えた。

 そして、ページをめくるたびに、終わりが近づくのを感じ、薄い紙を繰る手が重くなった。

 この物語の終わりを見届けた時、私という人間に、俺という存在に、多大なる影響を与えた『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』が、本当に終わってしまうことを今更自覚し、抵抗を感じた。抵抗を感じるあまり、ラスト14巻残り三十ページほどを残して買い物に行ったりしたまである。

 まぁ結局あっさり読み終えたんですけどね。

 感想。面白かった。

 あー、そう来るかぁぁぁ。くぅぅぅぅ↑↑ みたいな内心で読んでた。まぁ賛否両論はあるだろうが、どんな結末だろうと長編の人気作品であれば、それは避けられぬ宿命である。

 私個人としては、そんなにラスト周辺を読み込んでいないので、見逃してる部分もある前提で感想を言うと、悪くはない終わり方だと思った。

 この物語のラストには、いろんな結末が予想されたと思う。

 私が期待していたような、半ば願望に近いラストとは異なったが、あぁ彼と彼女らはそういう選択をするのかと、そう思った。

 ネタバレはしないと冒頭に書いてしまったので、あまり細かくは語らないが、まぁちょっと予想外ではあった。でも、完結編として、このラストの展開が用意された以上、私がそこに何か声を荒げる権利はない。これこそが、彼と彼女らが見せてくれた結論と終わりなのだと、納得した。

 ただひとつだけこの物語に対して、ハッキリ言えることがあるとすれば、「彼の青春ラブコメは間違っている」。そして「リア充は爆発しろ」だ。これ二つだな……。あと最終章の、今までに出てきたキャラがほぼみんな出てくる感じ露骨にエモくて良かった……。これで三つ目ですねぇ。

 ともあれ、そんな風に、俺の青春が、また一つあっさりと終わりを告げたのである。

 そんなこんな益体もない文章を、俺ガイル一期のアニメをBGMのように垂れ流しながら、安いキーボードで打ち込んでいる。ちゃんと月額制の配信サイトで見てる。成長したね……俺。ちょうど今、るみるみの話が終わったとこです。あ、9話始まった、花火の回。結構長い時間書いてるな……。てかOP良い。やはり一期はいい。二期が悪いと言ってる訳じゃないんだけどね? 三期には勝手に期待を募らせておこう。

 こうして、一期のアニメを見返していると、ラスト付近のゆきのんと八幡、初期のゆきのんと八幡の雰囲気が随分違うと思う。

 もちろん、他の登場人物も変化、成長しているのだが、一番顕著なのはやはりこの2人だろう。ゆきのんさんはやわらかくなりすぎだし、ヒッキーはもはやぼっちじゃなくなって、ぼっち武装ができなくなって、捻くれは健在でむしろ捻くれに磨きがかかり過ぎて削れてしまった挙句、捻くれてないまである。

 2人とも、曲がりなりにも成長したのである。当たり前だ。14巻もかけて主人公とメインヒロインが成長しなくてどうする。

 一方で、もうひとりのメインヒロインのガハマさんは何というか、終盤付近になってもあまり変わらない印象を受けた。もちろん成長はしているのだろうが、大きく変わったのはガハマさん以外の全てで、むしろそれこそが由比ヶ浜結衣という素敵な女の子の魅力なのかもしれない。

 この辺りの解釈違いはすごい怖いので、あらかじめ戦線離脱宣言をさせていただく。あくまで浅く読んだ私個人の解釈だ。

 まぁなんにせよゆきのんさんもガハマさんもかわいい。あと小町は世界一かわいいし、いろはすはあざとかわいいし、川なんとかさんは何気にすごい嫁かわいいし、戸塚は天使。ヒッキーは川なんとかさんと結婚すればすげぇ幸せな家庭を築けるとおもうんだ……、なんて他方から睨まれるようなことも思ってみたりして。まぁみんなトニカクカワイイ。

 改めて。

 大学生になった今、俺ガイルという物語を読み終え、振り返ってみて思うことは、平塚先生マジ惚れる、である。何なのあの人イケメンすぎんか。好きすぎる。

 なんであの人結婚できないの。早く誰かもらってあげて。じゃないと俺がもらっちゃうよ!

 と、この辺りで、私が俺ガイルに影響を受けまくったと透けて見えるようなクソ長自分語り長文をそろそろ締めることにして。

 最後に、俺ガイルこと『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』という作品および渡航先生。

 ありがとうございました。

 ヒッキーこと八幡こと『比企谷八幡』さん。

 ありがとうございました。

 君たちさんのせいで、俺の性格がねじ曲がった気がしないでもないけど、とても素晴らしい作品でした。感謝。

 素敵で偉大なる捻くれエンタメとその主人公に感謝。俺の愛した作品よ、サラバ。

 またどこかでこのコンテンツとは触れ合う気もするが(アニメやるしね)、俺の『俺ガイル』は一旦ここで終わりとする。そのために長々と書いた文章でした。以上。

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