ロックは死んだのか?を考える①

音楽

ロックンロールは死んだ。恐らくポピュラー音楽の潮流が変わる度に世界中で言われ続けている文句だが、今度こそ本当に死んじゃったんじゃないか?と思ったので書きます。

長くなりそうなので、何個かに分けようと思います。

まずは第一章と銘打って、近年の欧米におけるロックを取り巻く状況を俯瞰したいと思います。

そもそもの話、ロック音楽、かつてはロックの本場だった欧米では完全に流行ってない。

てか、これを読んでる人でマルーン5以降の洋楽バンド知ってる人ってどれくらいいるんだろう。

マジのはなし、俺は知らん。The 1975とか?

もちろん、欧米圏だけでなく日本国内でも熱心なリスナーは最新の欧米のバンド音楽を追えてるんだろうけど、それは最早、一部のバンド・マニアだけの話だろう。そこらへんの大学の軽音サークルの部員だって、ほとんど知らんだろ。軽音サークルに限ってはアクモンなんかは全員聴いてそうだけど。

最近の欧米発のバンド音楽で、日本のチャートに乗っていて皆が知ってるような音楽は、マジのマジのマジで、ない。究極、自発的にdigしない限り現行シーンの洋楽バンドを聴く機会は全く無いと言っていいだろう。

「最近の」「現行の」などと注釈つきで言っているのは、例えばボヘミアンラプソディーの流行だったりで、過去のバンドが脚光を浴びることは珍しくないからだが、そういう意味でもロックバンドは過去のものになっているという実感はぬぐえない。だってそれは今でもクラシックは一定の知名度を保ち続けてることと全く同じだから。ヴェートーヴェンが忘れ去られることは今後の人類史で絶対にあり得ないだろう。それと同じく、ビートルズもクイーンも今後の「歴史として」残り続けることにはなる。

ボヘミアン・ラプソディ【訳詞付】- Queen

これは俺の持論なのであまり真に受けないでほしいのだが、「ロック音楽」の「ロック音楽としての(=様式的な)」進化は90年代頃には停止してしまったような気がする。

要するに、アメリカではグランジ(ニルヴァーナ『Nevermind』が91年)、イギリスではブリットポップ(オアシス『Definitely Maybe』が94年)の爆発的ムーヴメントを最後にロック内のいちジャンルとして新様式が誕生しブームを形成するということはなくなっているということだ。

Oasis – Rock N' Roll Star

だって、マルーン5の音楽だってhiphopやr&bみたいなダンスフロアで鳴らされる音楽をバンド音楽に出力したことによるキャッチーさが持ち味なんだし、The 1975だって名が体を表しているのかは知らないけれど70sのニューウェイヴと先進的なエレクトロニカを融合させたことが受けた訳だし(でもこの発想はめちゃくちゃすごいし、めちゃくちゃカッコいい)、どちらかといえば自らを「インディーロック」と大きな一くくりにしたうえで他ジャンルとの接近を図っているような気さえする。既存の様々に枝分かれしたジャンルを合同させたインディーロックとしてロックはメインストリーム上にかろうじて生き残っているような状況だ。

The 1975 – Girls (Official Video)

で、その原因が何かというと超単純に言えばロックが古典化したせいだ。それに尽きる。

前提として、大衆文化の原動力は若者だ。新奇なものを取り入れやすいのは若者だし、単純に人口比で若者が多いから商業的に若者をターゲットとした方が成功しやすい。

で、欧米圏の若者がロックバンドを聴かなくなったのにはいくつか理由があるが、まず「単純にダサい」と思われてるから。これに尽きる。 例えば、ここ数年世界的に流行してるトラップは、ダンスフロア発祥の音楽で、遅めのbpmで音数が絞られてコード感と展開の乏しさが特徴なんだけど、これはロック音楽とまるっきり違うもののように思える。私見だがロックのカッコいいところは面を埋め尽くす歪みと進行感とあざとい展開にあるので。

Fuego, Duki – Sigo Fresh

第二の理由として、音楽のプロモーションの手段と、リスナーの音楽の消費形態が劇的に変化してしまったことがある。従来のプロモーションならばアーティストはテレビやラジオや雑誌、あるいはネット記事なんかで紹介されることでリスナーを獲得してきた。そして、そのアーティストが売れてるかどうかの最大の指標は売れたCDの枚数だ。

これが、YouTubeとストリーミングサービスの急速な普及によってひっくり返ることになる。権威として君臨していた従来のメディアは失墜し、「音楽の紹介者としてのメディア」は必要とされなくなってしまった。加えて、「売れたCDの枚数」の持つ価値も最早全く無い。重視されるのはストリーミングやYouTubeの再生数だ。そうなると、従来の権威とある種癒着してプロモーションを行ってきたロックバンドは俄然不利だし、若手のインディーバンドだってレーベルに所属してもあまり旨味がないのだから、ロック音楽が育っていかないのは当然だ。

第三に、ロック音楽は「白人男性の音楽」という強固な共通認識があること。進んだポリコレ観を持つ欧米圏でこれはめちゃくちゃなディスアドバンテージだ。レディガガはLGBTQ的な価値観のシンボルだし、ダンスフロアの音楽は黒人が中心になって主導されてきた。

第四に、時代の要請が「ナラティブなリリック」と「ダンスミュージック」であったこと。インスタにしろtiktokにしろ、SNSの普及は10年前のインターネットでは禁忌とされてきた自分語りが許される、いや最早もてはやされる時代を到来させた。自己表現として自らを「リアルに」「等身大で」「赤裸々に」表現することがクール、という価値観が醸成された。加えて大衆音楽の中心はダンスミュージック。「ナラティブなリリック」+「踊れるビート」を備えた音楽って、それはラップだろう。時代の要請に完璧に応えられる音楽が、トラップに代表されるようなhiphop的な音楽だったのだ。

たぶん掘り返せばもっと色々な要因は出てくるんだろうけど、とりあえず目についた、ロックが古典化した大きな要因はこんなものだろう。

これは欧米圏のみならず世界的な潮流のように思える。インターネットは世界の価値観を極めて単一的に塗り替える。

しかし世界にひとつだけ、特異的にロックバンドの需要が高すぎる巨大音楽市場を抱えた国があるらしい。

ここです。日本。

俺が今まで書いてきたロックの凋落の様々な要素はほとんど日本には当てはまらない。

依然としてトップチャートにはバンドが顔を出し続けているし、CDは未だに権威をもって君臨しているし。

この国の音楽はマジでヤバい。マジで

事項では完全にガラパゴス化した日本の音楽市場について概観をのべようと思う。

めちゃくちゃ長くなっちゃった。

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