成仏するためのマクロスΔ書き殴り

「劇場版マクロスΔ 絶対LIVE!!!!!!」https://macross.jp/special/deltamovie2/より

マクロスΔが終わった。2回目を観たので、ぐちぐち言っても仕方ないようにここに書く。

映画の感想

先にこれ書きます。

上手く纏まってはない……と思う。「そもそもやることがあんまりない」バグは残ったまま、でもメインの「ハヤテとフレイア」の関係には作品なりの回答が出てる。映像も劇場版レベル。(後半2Dの力切れてる?)

マックスが出てくるのとかも盛り上がるし、思い入れ深い作品だからそもそも5年後に続きが見れるだけでも凄いことだ。

序盤で出た課題、あんまり解決されてなくない?

2回目を見て、前半、ウインダミアが焼かれるまではものすごくよく出来てるなって思った。

・ウインダミアと一応和平をしたけど、ウインダミアの根本的な「寿命が短すぎて基本立場が弱い」問題と市民の反感が残っている

・ハヤテとフレイアは普通に結ばれる意志があるが、種族、というか寿命の問題がある

・わけわからん「レディM」にブチ切れてる軍人

・魂のないAIによる、兵器として作られた歌

・ウインダミアの奪還という目的のために一時的に仲間になるがギスギスしたままのボーグ

・ただでさえ寿命が短い上に、戦場で歌うと更に命を削るフレイア

マクロスΔを完結させるのに相応しいトピックだ。

「瞬間完全燃焼」とはワルキューレの口上だが、これはそのままマクロスΔとフレイア・ハヤテを象徴する言葉だ。

ウインダミア人は寿命が短い。歌が好きなフレイアは、憧れのワルキューレの一員となるため故郷を飛び出して見事歌姫となる。命短し、今やりたいことをやろうという精神。

一方ハヤテはやりたいことがない青年。フレイアやΔ小隊との日々を経て、TV終盤では全人類が繋がることで得られる「永遠」をフレイアと共に否定する役割を担う。フレイアと共に生きる、それがそのままハヤテの「やりたいこと」になっている。

そんな「今」を重んじる作品を閉じるには、「過去」を背負った敵や、寿命が短いウインダミアという異国の話を持ち出すのは不足がないと言って良いだろう。

正直、2回目見てもここらへんは素直に「問題」「課題」として提示されているので、脚本が色々変わったのかなあと思ってしまう。

なぜなら、これらの問題はほとんど解決されないからだ。

ウインダミアって……

率直に言って、敵役として面倒くさい。

教科書的なことを言えば、そもそも寿命が短い種族に対して差別をするのは、まあ良くない。

ウインダミアの寿命問題からTV版のアレコレが起きているけど、もともと統合政府が色々やってたのもあって責めづらい。

責めづらいけど……だからといってテロを辞さない連中は面倒くさい!イケメン騎士団というコンセプトから出てくる、王のためならなんでもやる連中。扱いづらい!

ウインダミアの寿命が短いっていうのは差別になるし、だから結局幸せに暮らしててくれとしか言いようがない。ウインダミアを守るべきだし事実今回の映画はウインダミアを奪還する話だけど、超古代の兵器を持ち出してきた事実もあるわけじゃないですか。

ゼントラーディとかバジュラもよく考えるとアレな部分はあるけど、ウインダミアはもう戦争になっちゃうんだよね。連邦とかジオンとかそういうやつになる。でもマクロスはそんな話をやるつもりがないから、なんかこうスカッとしない感じになる。

冒頭ワルキューレを「穢れた歌」と評したウインダミア人たち。至極真っ当な感情というか、色々あったけど故郷に変な文化を持ってくるなというのはわかる。牧歌的な文化に合わない、文化まで侵略するなってちょっと的を射てる。

だから、あの人たちラストに出すべきでしょ!(出てたらごめんなさい)

ワルキューレなんていけすかない奴らがウインダミアを守るために歌ってる、しかも伝説の「りんごのうた」をアレンジして歌ってる、ワルキューレは侵略者じゃないって市井の人が思い直すだけで和平へのステップを描けるじゃないですか。

ただ2回目見た限り、もしかしたら背景レベルではいるのかもしれないけど、フレイアの知り合いとかじゃなくてあの時暴れてた人がルンに花を咲かせてたら凄い良かったと思う。

あとボーグ。Δ小隊に入って、ハヤテに「俺は故郷のために戦ってる。女のために戦ってるお前とは違う」って突っかかるんだからそれを解決して欲しい。

フレイアの歌にルンを咲かせてはいるんだけど、フレイアはウインダミア人だからややこしいんだよな!基本的にハヤテに突っかかってるんだから、きちんとハヤテへの態度を変化させて欲しい。

外部への態度を変えないであくまでウインダミアのために戦うのも良いけど、そうしたらぐちぐち言わず戦う仕事人にするとか、ワルキューレを推すのはやめとくとか、好感度が上がるやり方があるでしょ……

結果として、ウインダミアっていう国の問題は特に解決されることもなく、フレイアを好きな人たちがフレイアの故郷を守るor軍人として平和を脅かす奴らと戦うっていう感じになる。

それは主題じゃないかもしれないけど、今回の話はウインダミアが焼かれてそれをみんなで取り戻す話なんだから、弱い国への描き方はちゃんとやって欲しかったな。

別に任務だから守るっていうのでも十分ウインダミアへの筋は通してるし、自力で何とかできないならもうちょっと言い方とか工夫しないと良くないじゃん、ボーグ。すぐ無くなっちゃうんだよ故郷が。

安易に寿命問題を「解決」しなかったのは本当に良かったと思うけど、フレイアのヒロイン性の底上げと引き換えに、とにかく扱いづらい奴らになってしまった。

まあこういう、「ああすればこうすれば」っていう愚痴を書いていきます。

ワルキューレって、要る?

ライブにも行ってるし、曲も大好きだし、歌マクロスもプレイしてた(今はやってない)から基本「好き」なんだけど

やっぱり、作品内では全然要らない……

そもそもマクロスΔはワルキューレっていう、戦場で歌う5人の歌姫が看板なんだけど。

もう、これが、本当に要らない。

今回の映画、キャラいじりの面では良かった。

お姉さんキャラなのに黒歴史を都度掘り返されるカナメさん、マジで好きだし。

実は3歳という面白さが全然活かされない美雲も、今回冒頭は可愛かった。

かわいいを重んじるのにめちゃくちゃセクシー路線で、なんかレズっぽくてメカニック属性まで持つマキナ(過多!)とハッカーで大暴れしたりエロ画像ばら撒いたり未だに良くわかってない爆弾のレイナ。

でも、本筋にはどこまでも関係ない。

歌は神秘、歌は愛、歌は希望、歌は命、歌は元気の決め台詞からして、あんまり練らないまま登場した疑惑を5年持っているけれども。

昨今、これだけ2次元アイドルコンテンツが跋扈してる世の中で、こんなに本筋とは関係ないアイドル、もったいないよ!

何がもったいないって、マクロスなんでクライマックスには歌が流れるんですよね、ワルキューレの。

「ALIVE」はフレイアがラスト歌うに相応しい曲、ウインダミアとの和解を示す曲、それは良い。

けど、「ワルキューレはあきらめない」とか歌う物語的なパワーが、ない。

ワルキューレは何をあきらめないんですか?

そこまでのくだり、フレイアが歌うと死んじゃうかも、だから4人で歌ってヤミキューレの曲を抑える、でしょ。

そこでフレイアが「歌いたいです!」って来てさ、「やっぱりワルキューレは5人じゃなきゃダメだ!」はちょっと、ちょっと!!

「ワルキューレは5人でなきゃ」と「フレイアが死んじゃう」とはもうちょっと考えてよ!

カナメさん、メッサーの回想挟んでるけど、回想の中身自体は特にないのは良いけど、「一度命が尽きかけてる人を送り出して命を散らした」ってことには明確に決着を付けようよ。

カナメさん、フレイアには「何より命が大事」って言えるし、でもその上でメッサーの生きた意味を思い出してもう一度歌おうって言えるんですよ!!

ここら辺、シーンの順番が謎!!

メッサー→歌う→出力足りない→フレイア来る→5人で歌う

これだと「フレイアおらんと勝てんわ」になるだろ!!

ていうかそうなりかけてるだろ!!TV版からずっと!!!

映画でくらい、4人で何とかしてくれれば良いじゃん……

で。

「5人で歌う意味」をきちんとやるなら、ヤミキューレは活かすべきでしょ。

マキナやレイナが他と関わり無さすぎなのはもうしょうがないんだけど。

じゃあ闇マキナや闇レイナがどういう人間で、AIとしてガワだけコピーしたワルキューレで、それに対して「本物はこういう魅力がある」「本物は〇〇のために歌ってる」ってやっても良いじゃないですか(尺が無いというか筋ごと変えないといけないけど……)

ヤミキューレの「歌は絶望」を通して「歌は希望」って何ってやるチャンスじゃん。闇堕ちキャラで本人のキャラ立てするのはオーソドックスな手法じゃん。なんでそっちの決め台詞も無意味なんだ。

尺が無いなら無いで、ヤミキューレが5人になって歌のパワーが上がった、だから5人で対抗でも別に良いですよ。

カナメさんが死者を思い出しながら頑張った直後に、フレイアが来て「やっぱりワルキューレは5人じゃないと」は滑稽だ〜

ワルキューレ、アリーナを埋めるパワーがあるし、本当に歌は良いんだけど、とにかくアニメでのバランスが悪い。

今回Δのメドレーやってくれたけど、正直ソロ曲入れて欲しかった。アイドルの便利なところとして、ソロ曲でちゃんとパフォーマンスすればそれだけで存在感が立ってくるもんなんだけど……残念ながら、アルバム中の名曲はほぼ使われず。めちゃくちゃ良いんだけど、尺が無いか、うーん……

まあソロ曲は難しいにしても、「ワルキューレはあきらめない」って曲に対して「何を諦めないか」を提示しないのはもったいないな〜と思うばかり。

「銀河争奪歌合戦」ってキャッチ、あんまり意味なかったけど、ヤミキューレが出来たことで音楽が交互に流れてメリハリ付いたのは良かったから、ヤミキューレvsワルキューレ主軸のセンもあったんじゃないかな。

今回は「Δ小隊を描く」って最初に決まったらしいけど……

マクロスっていうのはミュージカル要素を「含んだ」ロボットアニメであって。

別にやれっていうのはただのワガママなんだけど、こんな良い曲を、むしろ「あきらめない何も譲らない」って歌詞がラスト邪魔になっちゃうような、こう……(命を譲っちゃってない?)

じゃあもう「5人で歌うことでフレイアへの負担を軽減できる」とかでも良いじゃん、何がダメなんだろうね。なんでそんなにフレイアに責任が寄ってるんだろう。

カナメさんとメッサーの話、よくピークとか言われたりするけど、「その瞬間やりたいことをやる」のはこの作品のテーマ。

メッサーは死んだけど、あの瞬間、自分の命を救ってくれた憧れのカナメさんの命を守ることを選んだわけじゃないですか。

それを経て、なあなあでフレイアを死なせるのは良くない気がするんだよなあ……

ハヤテとフレイア

適当に死なせるのが良くないって思ってるのは上の通り。

だけど、この映画がやりづらい答えを敢えてやり切ったことは良いと思うし、作品としてテーマに一貫性があるのは、別に細かいツッコミがあれど好きなポイント。

ハヤテとフレイアって若いカップルで、お互いのことしか見えてない。

ある種の破滅的な恋に生きて、けど何かを遺して、って生き方は、この2人に関しては似合ってると思う。

そもそもフレイアは寿命が短くて、「絶対LIVE」って言葉遊びやってる通り、歌うこと=生きることだから。

ただ、周りはもうちょっと止めようとするとか、逆に心打たれるとか、やってくれたらもっと好きになれたなっていう感じです。

Δ小隊もね、ミラージュとかアラドの話はまあ良いとして。ミラージュがフレイア激励するやつTV版で一回やったんだから、チャックとかに絡ませてやれよとかは……まあ良いとして。

ハヤテとフレイアの話で一つ突っ込みたいことは、マックスの存在。

マックスがイキイキしてるだけで面白いし、デュランダルもカッコいいからトータルでプラスなんだけど。

ハヤテってメッサーであのくだりやったでしょ。

そもそもハヤテ⇄フレイアの関係って、ハヤテ的には「自分がフレイアの歌に頼らずに頑張らないとフレイアが命を削っちゃう」だとTV版からずっと思ってる。

フレイア的には「目の前でハヤテが死ぬくらいなら自分が命を削って守る」っていう破滅的な関係。

そこでマックスに叩きのめされると、焦るでしょう。「俺はフレイアを守れない」って。

フレイアも「ハヤテを守れない」って思うかもしれない。

この閉じた関係を、「尊い」っていうのは良いけど、やっぱり他の人がバランスとってあげることにはならないのだろうか。

ウインダミアの差別とは別に、やっぱり好きな人に死んで欲しくはないわけで、フレイア抜きでどうにか頑張って頑張って、その先にラストフレイアが歌うかどうかの決断が来るもんじゃないの?

他の人たちは「フレイアが歌いたいなら歌っていい」(その結果死んでも良い)で良いわけ?

ラスト「俺はフレイアと生きる」ってフレイアに歌わせるのは、ハヤテが良いなら良いけど、なんか情けない感じもする。「フレイアと生きる」=「フレイアに歌わせずに戦いを終わらせる」って矜持は無いもんかなあ。エゴかなあ。

完全に個人の尺度だけど、フレイアに歌わせるなら「ワルキューレやΔ小隊がもっと命を削る」とか「ウインダミアとの和平のために歌う」とかが良かったなあ……

メッサーとかマックスに勝てないハヤテは、それを情けないって思って、何のために飛ぶのかをハッキリさせてもらわないと、マックスが無双して楽しくなっちゃうだけなんだよな。別に良いけど。

そこでフレイアが死なずに済む(けど寿命の問題は待ち構えてる)エンドでも良いし、頑張って頑張ったけどフレイアが命を失う哀しさをハヤテが抱えられたらもっと主人公然とするんだけど、いやもうやめます。

ヘイムダル

「今」を重んじる価値観に対して「過去」の復讐で来るのは正しいんだけど、やっぱりマクロスはそこ優先度落ちるのでヌメっと倒された。

でもレディMってよくわからないし、それが「今のところ敵ではない」でなあなあにされるならキレても仕方ないと思いますよ。わかるよヘイムダル。史上初のバルキリー乗る敵でハヤテと問答やる余地はかなりあったと思うよ。存在がもったいないね。

ていうかマクロス、プロトカルチャーとかの設定が何のためにあるのかいまいち掴めないし、次やる時に整理した方が良い気がする。SF要素で広げられそうだけど、基本あんまり触れないから存在が怖いよ。

マクロスって

ここからは映画の感想から離れます。

愚痴愚痴言ったけど、マクロスってもうちょい肩の力の抜けたシリーズだとは思うよ。

初代の愛おぼで一番好きなシーンは、周りでドンパチしてて人も恐らく死んでるのに、ブリッジ?でミンメイと痴話喧嘩するところ。そのバカバカしさ。

オチも基本的にさ、小さなラブソングが、銀河中に響き渡って、戦争とかやめちゃったっていう感じだし。

よく「三角関係」「歌」「ロボット」がマクロスの特徴なんて言うけど、「三角関係で話を転がして歌とロボットで派手に魅せてる」って感じの娯楽作品ってことでしょ。それがすごく楽しいシリーズ。

だから映画だと三角関係がギュッと省略されるし、(TV版だとやることない時無限に反復できる。恋愛ものの常道)ロボットとライブっていうエンタメ特盛りで魅せてくれる。

雑を承知で言うと、ロボットが男子にウケて、ライブが女子にウケるんだからそりゃ楽しい作品になる。フロンティアとかはそれが成功したと勝手に思ってる。シェリルとかランカとかに憧れる目線が育ってたというか。

その後アイドルコンテンツも増えて、Δに至る。

マクロスΔは、最初から戦場で歌う設定にしたらなんかロボットとライブのバランスが取れないし、5人も歌姫のキャラ立てらんないし、大変な作品になっちゃった。

「メッサーが死ぬまで」なんて揶揄される作品になった。そんなに間違ってはないと思う。やることをもっと用意しておいて。レイナのハッキングに頼るのやめて。

でもワルキューレ自体はアリーナを埋める人気があって、楽曲も何だかんだウケて(ちゃんと調べてはない)、5年のロングランから映画で完結した。

だから映画に文句は垂れつつ、嫌いじゃない。

フレイアが命を削っていくのを周りは見てるしかないように、そこから生まれる歌が素晴らしいかのように、マクロスΔも魅力的な要素をたくさん抱えながらどうにもならない部分で燃え尽きてしまった。

次のマクロス、楽しみにしてます。

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